The Former Japanese Navy Underground Headquarters

旧海軍司令部壕

~ 恒久平和祈念 – 忘れられない、二十世紀の爪あと ~

旧海軍司令部壕を見るべき5つの理由 »

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■ 旧海軍司令部壕 ■

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第52回 旧海軍司令部壕 慰霊祭

令和4年6月13日 慰霊祭を開催いたしました。

TRIP CHANNELTRIP CHANNEL
23:24 26 Jun 22
沖縄戦の爪痕が残る施設です。数ある沖縄戦の名残の中でも勉強になるレベルとしては上位の施設ではないでしょうか。壕内は、寒くじめじめして、物々しい雰囲気です。この通路に負傷兵などが座り込んでいたのか…と思うと戦争の凄まじさすら感じます。
高橋正己高橋正己
09:13 21 Jun 22
戦争の悲惨さと、日本軍人の勇ましさがよくわかります。 大田実 中将の電報に感動し、千葉県の生誕地に有る慰霊碑にも行って参りました。スマホの案内音声には、少しにほんを悪く言うようなプロバガンダも多少入っていると思いますが、決して沖縄を本土決戦にならないよう捨て石にしたわけではありません。何千人もの特攻隊(戦艦大和など含む)が尊い命をかけて沖繩に向かってで散華されて居るのです。当時の沖縄の人々も勇敢に戦った筈です。
中村雅人中村雅人
23:48 17 Jun 22
ここは1958年(昭和33年)に建立され、海軍部隊の指令官・大田実中将他約4000柱を合祀しています。なんでも太田司令官の最期の伝聞が石に刻まれておりますが、この文章や石碑に関して、共産党からの文句は一つも出ないようです。旧海軍壕 慰霊の塔太田司令官が、自決する前に送った最期の伝聞は心にズシンと響きます。ひめゆりの塔のパネルを見た人は、必ずこの伝聞も見てください。太田司令官のお骨は、ここに眠っております。未亡人の枕元に度々太田司令官が出てきて「沖縄に帰りたい」「沖縄県の人達といたい」とささやいていたそうです。沖縄返還後に、この地にもってきて祀りました。そして、沖縄を救うために出動し、撃沈した戦艦大和の乗組員の御霊も一緒に祀られております。太田司令官の最期の伝聞 「後世 沖縄県民に対しご高配のほどを・・」72年、沖縄返還の瞬間を亡き父とテレビに釘付けになっていた頃を思い出します。その記憶が鮮明に残っている理由としては、子供ながらに珍しく、父が涙ぐむ所を見てしまいした。幼少の頃、沖縄返還と一緒に、記憶に焼きついたと思います。
たーたー
20:44 12 Jun 22
一般的にはひめゆりの塔や平和祈念資料館の方が有名なので、沖縄を訪れる方にもっとここを知ってほしいと思います。一人の日本人として、一人の人間として歴史を重く受け止め、争いのない世界を築いていかなければならないと強く感じました。
そわいろパパそわいろパパ
23:51 11 May 22
週末、1歳半の娘、3歳の娘、妻、70歳手前のじぃじ、ばぁば、そして自分の6人で行ってきました。展示物など施設の詳細は他の方の投稿を見て頂くとして、3世代家族で行った感想を書きますね。・駐車場壕は山を掘って作られているため、施設の入口は山の上ですが、見学後の出口は山の中腹部となります。その為、《施設入口近く(山頂)》に駐車した場合、入口は近いですが出口が山の中腹部のため、出口から出た後に山を登って駐車場に戻ることになります。《施設出口近く(山の中腹部)》に駐車した場合、最初に入口まで山を登るかわりに、出口から出た後は駐車場が近いので帰りは楽になります。お子さんや高齢者がいる場合は、先に入口付近で家族を下ろしてあげて、運転手さんだけ出口近くの駐車場に止めるのが良いかもしれませんね😉・移動入場後、地下に下る長い階段を降りるため、ベビーカーなどの利用は難しいと思います。(そもそも幼児向け施設ではありませんが😅)。ウチの場合は1歳半の娘は、基本ずっと抱っこしてました。高齢者の方もかなり階段を下るので足腰がしっかりしていないと難しいかもしれません。設備的な面で特に気になったことはありませんが、施設の存在意義を考えると、沖縄や先人たちの歴史を知る意味でも一度は訪れて欲しい場所かもしれません。最後に、明日も世界が平和でありますように😌
ぬまぬま
13:54 05 May 22
先代の方々が護ってくださったおかげで沖縄の町はとても美しいままでいてくれる事に感謝しています。日本の歴史、目を背けてはいけない史実として、一度は足を運んでみてはいかがでしょうか。感化されやすい方は複数人、安心できる方と共に行きましょう。私は寒気がしました。気分が悪くなる方もいると思います。
Yuta OkamotoYuta Okamoto
02:01 21 Apr 22
見晴らしの良い高台にあります。外は公園になっており、のどかな時間が流れる綺麗な場所ですが、一歩中に入ると沖縄戦の壮絶な記録が並んでいます。今の平和ボケしている日本人は一度来てみるべきだと思います。壕の中にも入れますが、特に霊感のある方にはおすすめしません。私はそこまで霊感が強い方ではありませんが、壕の入口に立っただけで頭が重くなり、底知れぬ恐怖でそれ以上進むことができませんでした。一緒に行った友人は今にも泣き出しそうな勢いで引き返しましたので、亡くなった方の念が今も強く残っているのだと思います(入口の向かい側の壁には観音様の絵があり、観音像も何体か置かれていました)。
りゅうたりゅうた
04:02 15 Apr 22
初めて訪れました。司令部壕の中に司令長官が壁に書き残した文字がありました。私の中で、沖縄戦は軍が、民間人を、一方的に見捨てたイメージを強く思っていました。しかし壁の文字を確認して、このイメージが少しだけ変化した事に気付きました。当時を知る事の重要性を考えさせられる場所でした。訪れて良かったです。
R UR U
02:37 22 Feb 22
Very interesting museum where you can learn how the Navy fought in Okinawa. The tunnels that were used at the time is partially open to the public and parts are still closed. From the route you can see the closed off parts and it shows how narrow and low the tunnels used to be.
HawkieHawkie
13:57 16 Feb 22
Very educational & inexpensive. Some parts of the tunnels were closed to the public. It was pretty neat to learn about how it was constructed & how the army used it. But also sad learning the history behind it
Con FCon F
11:46 27 Dec 21
600 yen for a quick educational and historical experience. I recommend.
Mikan AridaMikan Arida
08:17 23 Jul 21
乗るべき船、飛行機を失った日本海軍は、陸上でも戦いました。フィリピンのマニラ、サイパン、硫黄島そして、ここ沖縄でも。陸に降りた日本海軍が苛烈な死闘を繰り広げた戦場の一つです。沖縄を訪れる旅行者ならぜひ訪れるべきです。そして自分の目で展示物を見るべきです。太田司令官が確かにここに居たという痕跡と太田少将旗(将官が座乗する艦に掲げる将旗)を。戦後67年たってからやっと米軍より太田司令官の遺族に返還されたこの少将旗は地下壕展示室に収蔵されています。その少将旗がこの丘に翻った映像を私たち近畿広域圏の視聴者は地上波の生放送において観ることができたのは、まさに奇跡でした。園内戦跡ゾーンにある海軍戦没者慰霊塔そのすぐそばにある、艦上マストに太田少将旗が再びはためいたのは実に69年ぶりであったのですから。それを撮影したのは大阪・関西テレビ「ニュースアンカー」取材班でした。青山繁晴(現参議員議員)、公園管理事務所の方と警備の方みんなの協力の元、奇跡的に行われました。───────────諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったかを伝えられよ。米太平洋艦隊司令長官C.W.ニミッツ───────────
Travis NelsonTravis Nelson
06:29 05 Mar 21
This place is a very important and educational piece of history. To not only learn more about Okinawa and it's history in WWII but also experience it. It's very thought provoking and should be seen. To see this side of history has bright new knowledge but also a new respect to the people of Okinawa and it's hardships during that historical time frame. Definitely would recommend going here.
Wes AlvaroWes Alvaro
14:12 28 Nov 20
A very interesting museum. Has a detailed timeline of events of the war in Okinawa. Even with the emptiness of the underground passages, you're really taken back to the time of the events. 600¥ for adults. Expect to spend about an hour for the English content.
許しがたい司令官の自決という無責任な行動その破片などそのまま残っています立派なゴウ戦争末期の松城地下壕などとは比較にならないほど整っていますが、造らされていた方々のことを想像しねしまいます
TRIP CHANNELTRIP CHANNEL
23:24 26 Jun 22
沖縄戦の爪痕が残る施設です。数ある沖縄戦の名残の中でも勉強になるレベルとしては上位の施設ではないでしょうか。壕内は、寒くじめじめして、物々しい雰囲気です。この通路に負傷兵などが座り込んでいたのか…と思うと戦争の凄まじさすら感じます。
高橋正己高橋正己
09:13 21 Jun 22
戦争の悲惨さと、日本軍人の勇ましさがよくわかります。 大田実 中将の電報に感動し、千葉県の生誕地に有る慰霊碑にも行って参りました。スマホの案内音声には、少しにほんを悪く言うようなプロバガンダも多少入っていると思いますが、決して沖縄を本土決戦にならないよう捨て石にしたわけではありません。何千人もの特攻隊(戦艦大和など含む)が尊い命をかけて沖繩に向かってで散華されて居るのです。当時の沖縄の人々も勇敢に戦った筈です。
中村雅人中村雅人
23:48 17 Jun 22
ここは1958年(昭和33年)に建立され、海軍部隊の指令官・大田実中将他約4000柱を合祀しています。なんでも太田司令官の最期の伝聞が石に刻まれておりますが、この文章や石碑に関して、共産党からの文句は一つも出ないようです。旧海軍壕 慰霊の塔太田司令官が、自決する前に送った最期の伝聞は心にズシンと響きます。ひめゆりの塔のパネルを見た人は、必ずこの伝聞も見てください。太田司令官のお骨は、ここに眠っております。未亡人の枕元に度々太田司令官が出てきて「沖縄に帰りたい」「沖縄県の人達といたい」とささやいていたそうです。沖縄返還後に、この地にもってきて祀りました。そして、沖縄を救うために出動し、撃沈した戦艦大和の乗組員の御霊も一緒に祀られております。太田司令官の最期の伝聞 「後世 沖縄県民に対しご高配のほどを・・」72年、沖縄返還の瞬間を亡き父とテレビに釘付けになっていた頃を思い出します。その記憶が鮮明に残っている理由としては、子供ながらに珍しく、父が涙ぐむ所を見てしまいした。幼少の頃、沖縄返還と一緒に、記憶に焼きついたと思います。
たーたー
20:44 12 Jun 22
一般的にはひめゆりの塔や平和祈念資料館の方が有名なので、沖縄を訪れる方にもっとここを知ってほしいと思います。一人の日本人として、一人の人間として歴史を重く受け止め、争いのない世界を築いていかなければならないと強く感じました。
そわいろパパそわいろパパ
23:51 11 May 22
週末、1歳半の娘、3歳の娘、妻、70歳手前のじぃじ、ばぁば、そして自分の6人で行ってきました。展示物など施設の詳細は他の方の投稿を見て頂くとして、3世代家族で行った感想を書きますね。・駐車場壕は山を掘って作られているため、施設の入口は山の上ですが、見学後の出口は山の中腹部となります。その為、《施設入口近く(山頂)》に駐車した場合、入口は近いですが出口が山の中腹部のため、出口から出た後に山を登って駐車場に戻ることになります。《施設出口近く(山の中腹部)》に駐車した場合、最初に入口まで山を登るかわりに、出口から出た後は駐車場が近いので帰りは楽になります。お子さんや高齢者がいる場合は、先に入口付近で家族を下ろしてあげて、運転手さんだけ出口近くの駐車場に止めるのが良いかもしれませんね😉・移動入場後、地下に下る長い階段を降りるため、ベビーカーなどの利用は難しいと思います。(そもそも幼児向け施設ではありませんが😅)。ウチの場合は1歳半の娘は、基本ずっと抱っこしてました。高齢者の方もかなり階段を下るので足腰がしっかりしていないと難しいかもしれません。設備的な面で特に気になったことはありませんが、施設の存在意義を考えると、沖縄や先人たちの歴史を知る意味でも一度は訪れて欲しい場所かもしれません。最後に、明日も世界が平和でありますように😌
ぬまぬま
13:54 05 May 22
先代の方々が護ってくださったおかげで沖縄の町はとても美しいままでいてくれる事に感謝しています。日本の歴史、目を背けてはいけない史実として、一度は足を運んでみてはいかがでしょうか。感化されやすい方は複数人、安心できる方と共に行きましょう。私は寒気がしました。気分が悪くなる方もいると思います。
Yuta OkamotoYuta Okamoto
02:01 21 Apr 22
見晴らしの良い高台にあります。外は公園になっており、のどかな時間が流れる綺麗な場所ですが、一歩中に入ると沖縄戦の壮絶な記録が並んでいます。今の平和ボケしている日本人は一度来てみるべきだと思います。壕の中にも入れますが、特に霊感のある方にはおすすめしません。私はそこまで霊感が強い方ではありませんが、壕の入口に立っただけで頭が重くなり、底知れぬ恐怖でそれ以上進むことができませんでした。一緒に行った友人は今にも泣き出しそうな勢いで引き返しましたので、亡くなった方の念が今も強く残っているのだと思います(入口の向かい側の壁には観音様の絵があり、観音像も何体か置かれていました)。
りゅうたりゅうた
04:02 15 Apr 22
初めて訪れました。司令部壕の中に司令長官が壁に書き残した文字がありました。私の中で、沖縄戦は軍が、民間人を、一方的に見捨てたイメージを強く思っていました。しかし壁の文字を確認して、このイメージが少しだけ変化した事に気付きました。当時を知る事の重要性を考えさせられる場所でした。訪れて良かったです。
Mikan AridaMikan Arida
08:17 23 Jul 21
乗るべき船、飛行機を失った日本海軍は、陸上でも戦いました。フィリピンのマニラ、サイパン、硫黄島そして、ここ沖縄でも。陸に降りた日本海軍が苛烈な死闘を繰り広げた戦場の一つです。沖縄を訪れる旅行者ならぜひ訪れるべきです。そして自分の目で展示物を見るべきです。太田司令官が確かにここに居たという痕跡と太田少将旗(将官が座乗する艦に掲げる将旗)を。戦後67年たってからやっと米軍より太田司令官の遺族に返還されたこの少将旗は地下壕展示室に収蔵されています。その少将旗がこの丘に翻った映像を私たち近畿広域圏の視聴者は地上波の生放送において観ることができたのは、まさに奇跡でした。園内戦跡ゾーンにある海軍戦没者慰霊塔そのすぐそばにある、艦上マストに太田少将旗が再びはためいたのは実に69年ぶりであったのですから。それを撮影したのは大阪・関西テレビ「ニュースアンカー」取材班でした。青山繁晴(現参議員議員)、公園管理事務所の方と警備の方みんなの協力の元、奇跡的に行われました。───────────諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったかを伝えられよ。米太平洋艦隊司令長官C.W.ニミッツ───────────
許しがたい司令官の自決という無責任な行動その破片などそのまま残っています立派なゴウ戦争末期の松城地下壕などとは比較にならないほど整っていますが、造らされていた方々のことを想像しねしまいます
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ブセナ海中公園
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一般財団法人 沖縄観光コンベンションビューロー
旧海軍司令部壕事業所
〒901-0241
沖縄県豊見城市字豊見城236番地
TEL: 098-850-4055
FAX: 098-850-9342